旅人と赤い管【童話】

童話

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どうぞご自由にお楽しみください。


思考実験「ザ・バイオリニスト」をテーマに、読みやすい童話にしました。
考えさせるストーリーになるよう仕上げています。


旅人と赤い管

深い山の奥に、ひっそりと小さな村がありました。

村は静寂に包まれ、人の往来は少なく、そこに住む者は限られていました。

村の外れに、レナという娘が暮らしていました。

彼女は薬草を育み、山の息吹とともに、静かに日々を紡いでいました。

ある雪解けの夕暮れ、村の診療所に一台の馬車が慌ただしく駆け込みました。

その中には、担架に横たわる見知らぬ旅人の男がいました。高熱にうなされ、意識は遠く揺れていました。

医師は眉を寄せて言いました。

「この男は、珍しい血の病に侵されている。今すぐ治療を始めなければ命は危うい。だが、この地域で血液が適合する者は……」

医師は村の記録を調べ、ゆっくりと顔を上げました。

「……レナ、君しかいない」

レナの胸に、戸惑いが静かに波紋を広げました。

知らぬ者。どこから来たのかもわからぬ者。

けれど、医師の声には切実さが満ちていました。

「時間がない。とにかく治療装置で命をつなぐ。詳しくは後で話そう」

赤い管が二人を結び、レナの血が旅人へと静かに流れていきました。

やがて旅人の表情は和らぎ、呼吸は落ち着きを取り戻しました。

その夜、診療所の隅で医師はレナに打ち明けました。

「この治療は一時の救済ではない。君の血を、九ヶ月間、供給し続けなければならない。管がつながっているから、君は自由に動くことができないだろうが、どうか治療に協力してくれないだろうか?」

ーー管を外せば男はすぐに死ぬ。

ーー管をつなげ続ければ、彼女の時間は刻々と奪われていく。

夜の灯の下、ひとり考える。

「明日はおばあちゃんに薬草を持って行く日だったな。最近は体調がよくて、起きていられる時間も増えてきたのに、また会えなくなるんだね」

「この管を外したら、この人の命を私が奪ったことになるのかな」

外では、静かに雪がまた降り始めていました。

旅人は眠り続け、レナは答えのない問いに耳を澄ませていました。


――誰かの命を救えるとして、それはどこまで“義務”なのだろうか?

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