見えない時計職人【童話】

童話

このページでは、私が創作した童話を公開しています。
どなたでも 自由にご利用いただけます。朗読動画や読み聞かせ、教材などへの二次利用も大歓迎です。
クレジット表記や利用報告は不要です。強制ではありませんが、クレジット表記や出典として紹介していただけたら、とても嬉しいです。
物語が誰かの心に届き、役立つ場面があれば、作者としてそれ以上の喜びはありません。
どうぞご自由にお楽しみください。


思考実験「神の存在証明」をテーマに、読みやすい童話にしました。
考えさせるストーリーになるよう仕上げています。


見えない時計職人

むかし、山あいの谷に、ひっそりとした村がありました。

村はいつも静かで、朝が来るのも、夜が訪れるのも、まるで夢の続きのようでした。

村の真ん中には、苔むした石づくりの塔が建っており、その頂には、年老いた時計が掲げられていました。

大きな針は、風の音にも、冬の霧にも惑わされることなく、確かに時を刻んでいました。

けれど、その時計を修理した者の話を聞いた村人は、一人としていませんでした。

「どうして、あれは止まらないんだろうね」

ある夕暮れ、小道を歩きながら、老人がつぶやきました。

「きっと、夜になると、こっそり誰かが直してるんだわ」

井戸端で洗濯をする女が、そう応じます。

「でもさ、その“誰か”を見た人って、いるの?」

子どもが、空を見上げながらつぶやきました。

そんな折、よその町から、一人の若者がこの村へやって来ました。

彼は賢く、そして物事の奥にある仕組みに、たいそう関心を寄せる人でした。

ある日、彼は村の老人に尋ねました。

「この時計は、だれが作ったのですか?」

老人は首をすくめ、寂しげに笑いました。

「わしが子どもの頃から、あそこにはもうあった。気がついたら、時を刻んでいたよ」

その晩、若者は塔の扉をこっそり開けて、中へ忍び込みました。

蝋燭の火に照らされた階段を、きしむ音を殺しながら登っていきます。

そして機械室の中、彼はただ、黙々と回る歯車の音を聞いたのです。

そこには誰もいませんでした。

翌朝、若者は村人に言いました。

「この時計は、誰の手も借りずに動いている。きっと、はじめからそうなるようになっているのです。職人などいないのですよ」

村人たちは黙って、その言葉を噛みしめました。

だれもが不思議そうに、ただ、塔を見上げていました。

その夜。

塔の奥深くでは、一人の老いた男が、灯もともさず、手探りで古びたネジを巻いていました。

彼は、誰に見られることも、誰に感謝されることもなく、静かに、ただ機械の鼓動に耳を澄ませていました。

そして翌朝も、時計は、何事もなかったように、ぴたりと時を刻んでいました。


――見えないものは、本当に存在しないのだろうか

タイトルとURLをコピーしました