黒い羽の鳥【童話】

童話

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思考実験「悪魔の証明」をテーマに、読みやすい童話にしました。
考えさせるストーリーになるよう仕上げています。


黒い羽の鳥

昔、深い森の奥にひっそりと佇む小さな村がありました。

そこには、ひとつの不思議な言い伝えが伝わっていました。

「夜が更け、闇が深まる頃、黒い羽の鳥が空を横切るという――」

その鳥を目にした者には、必ず不幸が訪れると。

村人たちはその鳥を、「不幸の使い」と呼び、恐れながらも、誰一人として、その姿を見た者はいませんでした。

ある年の秋、旅の学者が村にやってきました。

彼は静かな瞳で村人たちに尋ねました。

「その鳥を実際に見た者はいますか?」

村の老人は首を横に振り、答えました。

「いや、見た者はいない。だが、鳥が現れるとされる夜は、雨が降ったり、動物たちが慌てて森を駆け抜けたりするのじゃ」

学者は眉をひそめました。

「それは偶然にすぎません。確かな証拠がなければ、存在すると断言するのは難しい」

しかし村人は静かに言いました。

「見えぬからといって、ないとは言いきれぬのだよ」

学者はしばらく村に留まり、毎夜空を見上げました。

だが黒い羽の鳥は、一度たりとも現れませんでした。

ある晩、学者は言いました。

「この鳥は、いないものと考えるのが自然でしょう。誰も見たことがなく、何の証拠もないのですから」

それに対し、年老いた村長はゆっくりと、しかし確かに答えました。

「では、見たことがないというだけで、絶対に“いない”と言えるのかね?」

学者は言葉を失い、冷たい夜空を見上げました。

その夜。

黒い羽の鳥は――

飛んだのかもしれません。

あるいは、飛ばなかったのかもしれません。

風だけが、静かに森を揺らしていました。


――いないことを証明することは、本当にできるのだろうか?

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